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祇園祭は現在32の山鉾があり、それぞれ町単位の保存会によって運営されています。山鉾それぞれに独自の歴史・いわれがあり、それに基づいた行事や風習・懸装品と呼ばれる美術品が今に残ります。本サイトでは南観音山を特集していますが、他にも魅力ある山鉾が沢山あるのです。
下の地図中にある、各山鉾(★印)をクリックすると、解説のコーナーへジャンプします。 |
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永正年間(1504〜1520)に京都が大火にあった時、急に霰が降ってきて大火事が終息した。その時に小さな天神像が降ってきたのを祀ったのが山の起こりといわれている。多くの山鉾が焼けた天明や元治の大火の時もこの山には被害がなかったことも、かつては「火除天神山」と呼ばれていた所以である。宵山では「火除け・雷除け」の御符が授与される。
鳥居を正門として、側面と背面には極彩色の回廊を巡らされている。中央には唐破風春日造の社殿を安置し、紅梅と松が飾られ、天満宮の様相を呈している。 |
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▲会所外観 |
▲会所の中 |
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| ▲台所に張っておくとご利益があるという。 |
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▲天神さまのシンボル、梅の花が可愛らしいちまき。 |
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グッズ:
ちまき 600円
火よけのお札 200円
手ぬぐい 800円
扇子 3500円
ご朱印:
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中国の史話「二十四孝」の一人である郭巨の釜掘りの故事に由来する。貧しさのあまり、母と子を養うことができない郭巨が「子は再び得べし、母は複得べからず」と子を山へ埋め捨てようとしたところ、土の中から黄金の釜を掘り当て、その後母に孝行を尽くした。
山には御神体として寛政元年(1789)金勝亭九右衛門利恭の作である、郭巨と童子の人形が乗る。この山に限って屋根覆いがかけられている。 |
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▲山の外観。 |
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▲会所の外観。 |
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| ▲ここのちまきには金運のご利益があるとか。 |
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グッズ:
ちまき 500円
ご朱印:

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『古事記』によると,伊弉諾尊(いざなきのみこと)が黄泉の国から戻って禊(みそぎ)祓い(はらい)をした時,左眼を洗って天照大神(あまてらすおおかみ),右眼を洗って月読尊(つくよみのみこと),鼻を洗って素戔鳴尊(すさのおのみこと)を生んだ。夜と水徳の神であったこの月読尊が由来。
鉾頭に三日月をつけており、天王座には月読尊が祀ってある。稚児人形の「於兎丸」は、現代的な容貌で明治四十五年五代目伊東久重作であり、前年までは生稚児が乗っていた。 |
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| ▲鉾外観 |
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▲鉾に登るには会所2階の渡り廊下から。
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▲厄除けちまき |
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グッズ:
厄除けちまき 1000円
手拭 1000円
ゆかた 5000円
他
鉾に登るには:
グッズ買い上げでもれなく
行事:
お囃子 13日 19:00〜
14日 19:00〜
15日 18:00〜
16日 16:30〜
日和神楽 16日 20:30出発
巡行 17日 8:30 町内出発
ご朱印:
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中国古代、堯(ぎょう)の時代に世の中がよく治まって太平が続き、訴訟の時に打つ太鼓が使われなくなり、苔が生え、やがて鶏が巣を作ったという故事がテーマの鉾。鉾頭の三角の中の円は、太鼓の中の鶏の卵を表している。真木の「天王座」は船形で、海上航海の守護神である住吉明神を祀っている。
見送りが特に有名で、16世紀頃にベルギーのブリュッセルで制作され、江戸時代初期に輸入されたものと考えられている。トロイア王子が決闘に向かうために妻子に別れを告げる図である。国の重要文化財に指定されている。 |
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| ▲鉾の外観 |
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▲会所2階から鉾の上へ。 |
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▲厄除けちまき |
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グッズ:
拝観券付きちまき 800円
拝観券 500円
拝観券付きゆかた 6000円
ほか 鉾に登るには:
拝観券付きグッズ買い上げか、
拝観券 500円
ご朱印:
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山鉾の非常に古い形態を残している傘鉾の一つで、大きな傘と棒振り囃子の行列で構成される。元治元年(1864)の大火で焼け、明治12〜17年に一度復活したがまた中断。昭和54年(1979)に復興し、巡行を再会した。
棒振り囃子とは、赤熊をかぶり、棒を持った者が、鉦・太鼓・笛の音に合わせて踊るもの。巡行中、数箇所で披露される。ご神体は、金の卵を片足に持った傘の上の鶏。 |
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| ▲会所は小さな神社のような雰囲気。 |
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▲ちまき |
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▲ご神体は鶏。傘の上に取り付けられる。
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グッズ:
ちまき 600円
ほか 行事:
棒振り踊り
19:00〜 20:00〜
21:00〜 22:00〜
ご朱印:
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鉾の名前は、真木の「天王座」に放下僧の像を祀ることが由来する。鉾頭は日・月・星の三つの光が下界を照らす形にを示し、その形がお菓子の洲浜に似ていることから、「すはま鉾」とも呼ばれる。
以前は長刀鉾と同様に生稚児が乗っていたが、昭和4年(1929)以降、稚児人形に変わっている。稚児人形は久迩宮嘉王により「三光丸」と命名され、巡行中は生稚児と同様に、鉾の上で稚児舞ができるような造りになっている。
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| ▲会所の外観 |
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▲ちまき |

▲会所の2階。懸装品の数々が並ぶ。 |
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▲数々の備品をしまう倉と会所は渡り廊下で繋がっており、作業がしやすくなっている。 |
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| ▲稚児人形 |
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▲川泰蔵作の見送り、「バグダッド」 |
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▲長刀鉾に続き、放下鉾も女人禁制を守っている。
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グッズ:
ちまき 500円
ほか
鉾に登るには:
自由(女性除く)
行事:
囃子演奏時間
13・14日 19:00-19:40
20:00-20:40
21:00-21:40
15・16日 18:30-19:10
19:30-20:10
20:30-21:10
21:30-適宜
16日は日和神楽へ
ご朱印:
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素戔鳴尊(すさのおのみこと)の乱暴に怒り、天照大神(あまてらすおおかみ)が岩戸に隠れたため、世の中は暗闇となってしまった。困り果てた八百万神は河原に集まり、大宴会を行い、天照大神を招き出したという、いわゆる天の岩戸の神話がテーマになっている山。
山とはいえ鉾と同じ車をつけた曳山で、室町時代の狩野永徳「洛中洛外図屏風」に描かれた岩戸山にはすでに車輪が描かれている。内部には天照大神・手力雄命(たぢからおのみこと=天照大神を岩戸から引っぱり出した神)のご神体を祀る。さらに棟上には伊弉諾尊(いざなぎのみこと)のご神体も飾られている。
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▲売店付近には山にまつわる様々な展示がされており、眺めているだけでも楽しい。 |
▲山の外観 |
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| ▲ちまき |
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▲山に懸けられたハシゴで山に乗り込む。
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グッズ:
ちまき(拝観券付) 700円
ほか
鉾に登るには:
拝観券(200円)を購入
ご朱印:
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応仁の乱の時代から、隣町の南観音山と1年交代で山を出していた。元々かき山だったが、後に曳き山となった。かつては後祭りの先頭をゆく山であるが、先祭・後祭が合併して以降はくじ取らずで巡行の24番目を行くことになっている。別名「上り観音山」とも呼ばれる。
御神体の観音像は楊柳観音座像と韋駄天立像を祀っている。文和二年(1353)創建で、現状のように飾屋根付きになったのは天保四年(1833)のことである。真木には赤松が用いられ、昔は尾長鳥を飾っていたが、今は鳩をとまらせている。
山鉾巡行の時には見送の横から楊柳観音の象徴として大きな柳の枝をさし出している。見送は17世紀中国・明朝の紅地百子喜遊図で、飾金具も豪華である。
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グッズ:
販売無し 鉾に登るには:
関係者以外登れません 行事:
14日 19:00-20:00
15日 18:30-20:00
16日 18:00-21:50 ご朱印:
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龍門の滝を登った鯉は龍になるという中国の伝説を基にした、立身出世を意味する「登龍門」の言葉を表している山。
前方に鳥居を立て、山の奥の小社殿には素戔嗚尊(すさのおのみこと)が祀られている。勇ましく滝上りする鯉の像は左甚五郎の作といわれている。
山全体を飾る前掛、胴掛、水引、見送は16世紀のベルギー製で、ホーロメスの『イリアッド』(イーリアス物語:トロイア戦争などを描く、前8世紀頃のギリシアの長編叙事詩)の場面を描いている。
。一枚のタペストリーを裁断して用いており、重要文化財に指定されている。 |
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| ▲山の外観。山は宵山まではそのものよりも会所や展示物が見物。 |
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▲廊下を渡っ | | |