京都祇園祭・南観音山の一年 ロゴ
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  2008年は7/12より一週間、密着取材を行います。
 
 
祇園祭観光ガイド
 

祇園祭と南観音山
祇園祭・ズバリ見どころ
  山鉾立てと曳き初め
    〜町衆の気分で参加しよう!
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南観音山について
密着!南観音山の1週間
山鉾巡行順 一覧
こちらはブロードバンド環境を想定して制作しております。ムービーの閲覧にはWindowsMediaPlayerが必要です。
  第一章祭を中心とした一年
9月 お囃子の練習の開始
1月 新年会
5月 愛宕山詣り
6月 ちまき巻き

第二章いよいよ祭が始まる7月
7/1 吉符入り・二階囃子
7/12 山立て
7/12 松を選ぶ
7/12 真木を取り付ける
7/13 続・山立て
7/13 曳き初め
7/15 清祓い
7/13〜16 宵山の風景
7/16 南観音山の宵山

第三章祭のクライマックス山鉾巡行
7/17 ついに動き出す
巡行中の儀式
フィナーレを迎える
7/18 来年の夏も・・・

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南観音山について

▼ 概要
▼ 南観音山の歴史
本尊について
会所について
南観音山の組織について1・2・3

南観音山の歴史

 南観音山の前身「普陀落(ふだらく)山」は応仁の乱(1467〜77)以前に存在し、当時は北観音山と隔年交代で山を出していた。 乱後の明応9年(1500年)に復興した際には「観音普陀落」(かんのんふだらく)と呼ばれたと記録されている。「南観音山」あるいは「下り観音山」と呼ばれるようになったのは江戸時代である。

  これまで南観音山は大火による存続の危機に瀕され続けてきた。天明の大火(天明8年・1788)では本尊の頭部を残して焼失してしまい、現在の胴体部分は江戸時代に復元された。元治の大火では古い記録を焼失してしまい、巡行の参加も一時中断してしまう。復興後、明治5年から南観音山は毎年巡行することになり、巡行の最後を飾ることになった。


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曳き初めで先頭をゆく人々
南観音山の前下から
清祓いをうける人々と八坂神社の神官
新町通りをゆく南観音山


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