本尊について
祇園祭自体は八坂神社の牛頭(ごず)天皇を祀る祭だが、別の御神体をも祀り、氏神として扱っている山鉾も多い。こうした御神体のほとんどは故事や伝説にちなんだものである。
南観音山の場合、華厳教の説話「入法界品(にゅうほっかいぼん)」から取材している。誕生した時に財宝が湧いてきたためにその名が付けられたという「善財童子」が、文殊菩薩の教えにより、菩薩道修行のために53人の聖者を訪ねる旅の中で28番目に訪ねたのが観音菩薩だった。南方の補洛迦山(ふだらかさん)という浄土世界に観音菩薩が多くの菩薩に囲まれており、童子も一緒に合掌することで人々を救う教えを受けた、という場面が南観音山のテーマになっている。世界遺産に指定されている世界最大級の仏教遺跡「ボロブドゥール遺跡」(インドネシア・バリ島)にはこの入法界品の様子がレリーフで描かれている。
この善財童子が南へ53人の聖者を訪ねた話は、「東海道五十三次」や「指南」という言葉のの語源になっている。
説話中では観音菩薩となっているが、南観音山では「楊柳観音(ようりゅうかんのん)」を本尊としている。柳の枝は噛むことで口内の掃除に用い、口臭を消して病気から守る役割を果たしていた。ここから本尊には無病息災の御利益があるとされている。この「楊柳観音」像は恵心僧都(942〜1017)の作とされている。しかし、天明の大火(天明8年・1788)では像の頭部を残して焼失してしまい、現在の像の胴体部分は江戸時代に復元されたものである。楊柳観音の横で合掌している「善財童子」は江戸時代の作である。