7月20日12:40
久々の京都生活で、祭も終わったことですっかりくつろいでしまいました。「祇園祭・今の風景2004」最後の更新を、帰りの飛行機待ちの伊丹空港からお送りしています。
神幸祭から一晩明けた翌日、四条寺町の旅所に再び訪れてみました。3基の神輿が綺麗に飾られ、ここで一週間鎮座した後、還幸祭が行われ、八坂神社に戻ります。
神輿の前にはろうそくが焚かれ、町を行く人々はしばし足を止めて拝んでいきます。かつて、「無言詣り」という風習がありました。これは、神幸祭から一週間の間、毎日四条大橋から御旅所まで無言で参詣すれば願いが叶うという一種のおまじないのようなもの。たとえ知り合いに出会ったとしても一切口をきいてはいけないらしいのです。近年まで、祇園の芸妓・舞妓さんの間で行われていたようですが、現在ではこの風習は廃れてしまったといえるでしょう。

そして18日、南観音山は山の片付けを終え、その晩には近くのホテルの宴会場で祭の関係者で「足洗い」と呼ばれる打ち上げパーティーが行われます。この日を境に、祭の非日常空間から日常の生活に戻っていくのです。このコミュニティーでは浴衣こそがフォーマルな装いなのです。厚かましくも、私もお誘いを頂いたので、遠慮なく参加させていただきました。途中、観音様の体重当てクイズや、籤改めの儀式の再現などと大盛り上がり。顔見知りの方々とゆっくりお話もでき、非常に楽しい晩でした。


足洗いの最後、出口のところでは役員の皆さんが待っており、一人一人に握手で労をねぎらっていただいて終了。「また来年も来てや!」などと声を掛けられれば、本当にこのサイトを作っていて良かったなあと思う瞬間であります。その後、2次会・3次会と宴は進み、日が変わる頃にはすっかり酔っ払って家路に付きました。

以上で、今年の「祇園祭・今の風景2004」の更新を終わります。今年の取材でいろいろ面白いデータも集まりました。近日中にメインの各コーナーに追加・更新していきますので、是非、今後とも「京都祇園祭・南観音山の一年」をご愛読の程、宜しくお願いいたします。どうもありがとうございました。

 7月17日23:50
祇園祭というと、つい宵山の情緒溢れる光景や、山鉾巡行のみを連想してしまいますが、実は祇園祭の本来の主役はお神輿なのです。山鉾巡行の後、夕方から「神幸祭(しんこうさい)」が行われます。三基の神輿が八坂神社を出発し、八坂の神様を氏子の住まいがある町中を5時間以上練り歩きながら、四条寺町の旅所(神社の出張所のようなもの)を目指します。神輿と共に、八坂の神様は一週間の間、旅所に鎮座し、往きと同じように複雑なルートを通りながら八坂神社に神輿と共に神様を帰す「還幸祭(かんこうさい)」が行われます。今日は「神幸祭」なので、四条寺町付近で3基の神輿を見物してきました。

四条寺町付近の様子。普段、旅所の隣はお土産屋になっていますが、この一週間は神輿が置かれるように空けられています。

「中御座」「東御座」「西御座」と三基の神輿があるうち、中御座が20時半頃、最初に到着。旅所の前では「ホイットー、ホイットー!」と威勢の良い掛け声に併せて揉んだり(前後に揺らす)、差し回したり(平面方向に回転する)します。

旅所前では八坂の神官によって神事が行われます。担ぎ手達は鉢巻きを取って座り、代表の所作に合わせて儀式に参加します。ざっと300人くらいの担ぎ手がいるでしょうか。
中御座の一連の儀式が終わると、続いて東御座の神輿がやって来ました。
しばらく時間を置いて、22時過ぎには最後の神輿「西御座」が到着します。
 
この「神幸祭」「還幸祭」も、詳細に見ていくとかなり面白い背景があります。また、昼間の山鉾巡行は静かに繊細に行われるのに対し、この神輿は非常に荒々しく、男的であります。後日、さらに分かりやすく特集のページを増やそうと思っています。


 7月17日14:50
先程、南観音山は無事百足屋町に戻り、2004年の祇園祭・巡行は幕を閉じました。巡行の後半の出来事を振り返ってみましょう。

まずは南観音山の本部基地である、百足屋町の会所へ向かいました。1階がおたべのお店になっており、毎年アイスキャンディーが大人気ですが、今年は代わって豪華版おたべアイスになっていました。かなり買うのに並びそうだったため、写真で済ませてしまいました。
山に付けた柳の枝の余分な部分が捨てられていました。この柳の葉はお守りになるとされており、巡行後、争奪戦が繰り広げられます。ですので、今のうちにちゃっかりここから一枝失敬しました。当然、後で片付けるのでしょうが、後ろの標語がシュールな光景です。
新町通りを南観音山が下ってきました。狭い通りを往くさまを目前に見れるので、迫力満点です。
方向調整をつかさどるのは車方。「かぶらでこ」という道具を動く車輪の下にすばやくかみ込ませて車輪をずらして進路調整していきます。細い新町通りは非常に気を使うそうです。
音頭取りの合図で引き手は綱を引っ張ります。
車方の巧みな方向調整で無事、山が会所に到着。今日一番のテンポの速さでお囃子がひとしきり演奏され、巡行は無事完了。最後は参加者も見物客も一緒になって、鉦のリズムに手拍子をあわせて三本締め。一体感を感じながら巡行が終わります。
南観音山以外の山鉾ももう数分のうちに各々の町へ戻り、巡行は終わります。裃姿の役員の方が腰に付けていた榊を頂いちゃいました。
 

そして更新のためにマンションの部屋に戻ったのですが、そういえば散々写真を撮っておいて、今年の分のちまきを買い忘れていることに今気付きました。後でもう一度会所に行ってみようと思いますが、多分無理だろうなあ・・・。今年はちまきの代わりに榊が東京・四ツ谷事務所の玄関を飾ることになるかもしれません。

こうして5日間9回に渡って京都から祇園祭の様子をレポートしてきましたが、ここで終わりではありません。祇園祭はまだまだ続くのです。まだあと数日間、京都に滞在している期間は更新を続けますので引き続きお楽しみ下さい!


 7月17日12:10
ただ今、巡行の真っ最中の京都からお伝えしています。まずは昨晩の南観音山の様子から振り返ってみましょう。

日和神楽の帰りを待っていると、「ちょっと手伝って!」と言われ、あばれ観音のために、観音さまを会所2階から下ろす作業を手伝いました。観音さまをさらしで神輿にくくりつけます。その間、何故か私は善財童子をずーっと抱える役をしていました。あれだけ抱えていれば、相当頭もよくなっているはず?
「わっしょい!」という掛け声と共に、町の端と中央で激しく揺らす不思議な儀式。宵山の深夜を締める行事です。
そして翌日。巡行用の懸装品や、楊柳観音の象徴ともいえる柳の大枝を付け、準備万端です。
南観音山には女の子の囃子方がいます。数年前から巡行にも参加するようになりました。
巡行前の記念撮影。囃子方だけでこの人数です。
さあ、巡行の始まりです。まずは町の北端へ向かいます。そして引き縄の方向を変えて、四条通りへ向かってゆきます。
四条烏丸で見物する人々。予想していたとはいえ、すごい人出です。今年は金曜の宵山、土曜の巡行と、祭見物には絶好の日程となっています。
写真は四条河原町で辻回しをする菊水鉾です。音頭取り・引き手・囃子方がタイミングを合わせて回転するさまは迫力満点。観客からも歓声が上がります。
御池通りには有料観覧席が設けられています。予約が必要で3000円程度のお値段です。
 

KBS京都(地元のUHF局)の生中継番組も終わり、先頭の長刀鉾は新町通りを過ぎて、そろそろ到着する頃だと思います。一方、南観音山はまだ四条河原町の辻回しを行っている頃ではないでしょうか。後ほど、御池新町で行われる南観音山の最後の辻回しと、到着するシーンを見に行って来ます!


 7月16日21:50


こんばんは。今回は祭の熱気盛り上がる新町通りの一隅に設けられた休憩所からビールと共にお伝えします。先程、日和神楽の部隊が四条寺町の旅所に向けて出発しました。


夕方過ぎからぽつぽつと雨がこぼれてきました。夕方7時の時点でこの人出。烏丸四条付近の様子です。
リンク等でお世話になっている大船鉾さんのお囃子を聞きに行きました。お囃子のリズムに併せて、風で後ろに掛かる波の模様の布がはためき、まるで海を思い起こさせるかのようです。
「厄除けのお守りはこれより出ます。後は出ません今晩限り♪」と歌いながらちまきなどを売る浴衣姿の女の子たち。南観音山です。
山の近くにある会社のショーウインドウには、南観音山の宝物が展示されます。長い間、南観音山に絵を提供していた、日本画の大家である加山又造氏が今年亡くなられてしまいました。ご冥福をお祈りいたします。
悲しい出来事にもめげずに祭りは賑やかに今年も行われます。会所2階から。
日和神楽に持っていくための鉦を選ぶ囃子方の若手達。数年見ないうちにすっかり成長していてびっくり。取材から4年。時が経つのを実感してしまいます。笑
しかし、その反面、いつまでも「変わらない」ことに安堵感を覚えることもあるものです。

さあ、そろそろ日和神楽から囃子方が戻ってくる頃です。23:30頃からは宵山最後を賑やかに飾る「あばれ観音」が南観音山で行われます。「何それ?知らないよ!」って人は是非、もう一度「南観音山の一年」をお読みになって見てください!以上、熱気溢れる新町通りからお伝えしました。

 7月16日18:50

さて、引き続き、取材結果・午後の部です。ちょっと今晩はいろいろイベントが目白押しのため、更新は簡単に済ませてしまいます。ご了承下さい。では、本サイトの「祇園祭・全山鉾32基の紹介」と併せてご覧下さい。

護摩焚きを撮影しに役行者山へ。迎える山伏と、遠方からやってきた旅の山伏が、お互いを確かめるために修験道の問答を行っている様子です。

 
その後は延々と取材不足の山鉾と、屏風祭を求めてひたすら歩きました。整理してみると、意外と屏風祭として公開しているところって少ないことに気付きました。後日、本サイトに掲載する予定です。

大火で焼けてしまい、復興できなかった”焼山”とよばれる山鉾のひとつ、布袋山を発見。真新しいマンションの一隅にひっそりとご神体が飾られていました。

鈴鹿山の会所の中では、たくさんの浴衣姿の子供達が歌いながらちまきなどを売っていきます。「DVDどーですかー?」というところに時代の移ろいを感じます。ちなみに、マイクを通して沿道のスピーカーに声を流していました。女の子たちのおしゃべりも外から丸聞こえで、周りの大人の笑いを誘っていました。


空は徐々に暗くなり、街中の提灯が目立つようになり、雰囲気が高まってきました。ついに宵山の晩です。では、引き続き数々のイベントを取材してきます!


 7月16日 14:15
 取材三日目。実は昨晩、南観音山にご挨拶に伺ったのですが、ついつい懐かしい顔ぶれの皆さんと話し込んでしまい、写真撮影などの取材ができませんでした。今晩も行くつもりですので、乞うご期待ということで。さて、今日もあちこち廻ります。本サイトの「祇園祭・全山鉾32基の紹介」と併せてご覧下さい。
まずは室町通りを四条通りまで下ります。役行者山では護摩焚きの準備がされていました。今日の14:30頃から始まるようなので、また後ほど行ってみましょう。
黒主山のちまきは可愛らしいピンクの花付き。黒に赤文字のデザインもカッコいいですな。

左甚五郎作で有名な鯉山の御神体。登竜門ということばはここから来ているとか。立身出世のお守りが売られています。

山伏山のちまきは、本体は至ってシンプルですが、袋が華やかです。
菊水鉾では、記念のパンフレットを購入。売店のおばちゃんが特別に拝観券をプレゼントしてくれました。遠慮なく上がらせてもらいました。
今度は逆に、四条通りから御池通りに向かって新町通りを上がります。まずは放下鉾。南観音山に行く途中にあるので、何度も前を通るものの、始めて会所の中を見学。ここは無料で鉾に登らせてもらえました。ただ、女性は上がれません。
北観音山。実に豪華絢爛な出で立ちです。残念ながら関係者以外は山に登れませんし、ちまきなども分けてもらうことは出来ません。
八幡山では、祇園祭では珍しく、おみくじが引けました。引いてみたところ、「末吉」。うーん、微妙・・・、と思っていたら、係りのおっちゃんに「あんたら若い人は未来があるんや。未来を信じ、未来に生きるんや。」と、思いがけぬところで母校の名文句で励まされました。

八幡山の訪問を終えた時点で、実は32の山鉾全ての訪問が完了しました!実は、各山鉾を訪問しながら”ある”物を集めていたのです。あとは南観音山の”それ”を集めればコンプリートです。後ほどご紹介しますのでお楽しみに。では、午後は屏風祭りを中心に廻ってきます!

 7月15日 17:20
  取材二日目。今日は大学時代の後輩であるH田君が祭を見たい、ということで、共に廻ることになりました。では、引き続き、本サイトの「祇園祭・全山鉾32基の紹介」と併せてご覧下さい。

 
会所というと、古い町屋を想像しがちですが、浄妙山の会所は立派なマンションのロビー。現代に併せた祭のカタチといえるでしょう。「(売店のちまきを)撮っていいですか?」と聞いたら、「いややわー、照れるわー」と言いながらオバちゃんもお姉さんもポーズを取りはじめたため、とりあえずパチリ。

占出山名物の「吉兆あゆ」。中はぎゅうひが入っているとか。祇園祭期間中しか販売されません。5つ入りで950円。16日の宵山の晩までの販売です。
昨日見た孟宗山の埒の雪は、どうも松に飾ってたものを避難しただけの模様。今日はいい天気なので松に雪が積もっていました。(なんだか変な表現ですね。笑)
四条西洞院には、臨時の喫煙所がありました。愛煙家の皆さんはマナーを守ってどうぞ。
カマキリがシンボルの蟷螂山。町のマークもカマキリで、かわいいです。山の横には実際に動くからくりのカマキリが展示されています。

 
太子山は山鉾町の中心からやや離れているためか、静かで良い雰囲気。聖徳太子が御神体だけあって、知恵のお守りが売られています。同行したH田君は大学院生で、今年論文を書かなくてはならないということで、撮影用に買ったお守りをプレゼントしました。

木賊山では迷子になってもすぐに見つかるためのお守りが売られています。男の子と女の子用に青と赤の色が用意されているところがいいですねえ。
近くに来たのでリンク集でお世話になっている綾傘鉾へ再び訪問。すると、手品のショーが行われていました。この後、大道芸やらよさこい踊りなども企画されているとか。メールでやりとりをさせて頂いている役員の方にご挨拶すると、「祇園祭の起源を辿ると、早い時期から歌舞や相撲などのにぎやかな催しが行われていたから、広い意味で言うとこういう催しもアリなんです。」とのこと。なるほど!!
保昌山は縁結びの神様が御神体。私たちが行った時は、若い女性やカップルが多かったです。各種縁結びのお守りや、願掛けの絵馬もありますよ!

 7月15日 11:10
昨晩は、昔の友人と会っていたので更新できませんでした。すみません。昨日の続きからです。引き続き、本サイトの「祇園祭・全山鉾32基の紹介」と併せてご覧下さい。

 
ちょっと写真では分かりづらいですが、ものすごい雷雨です。しかし、予想通り、数十分後には晴れて太陽まで出てきました。京都の天気はコロコロ変わりやすいのです。

役行者山は厄病避けの御符を授かれます。他にも安産・交通安全のお守りもありました。
孟宗山は、病気の母が欲しがる筍を真冬の雪の中探し回り、ついに掘り当てて母を喜ばせた説話がテーマになっているため、埒(山鉾の周囲を覆う囲い)に雪を模した綿が付けられます。作業中に雨に降られたせいか、一部しか付いておらず、触ると濡れていました。
その筋の団体の人が見ると、血相を変えて怒り出すような表示がされているのは長刀鉾。見学するために上に登ることのできる山鉾はかつて女人禁制でした。多くの山鉾は今は女性も登れますが、長刀鉾だけは今もNGです。時代錯誤ということなかれ。これも伝統を守りたいという気持ちの現われなのかもしれません。会所2階の会所飾りまでは女性も拝観できます。
火避けの御符は霰天神山。横15cm、縦40cmくらいの大型サイズです。
橋弁慶山の売店のお当番をする子供達。浴衣姿が可愛らしく、歌いながら各種グッズを売っています。通る人の多くは足を止め、シャッターを切っていました。

では、以上で更新を終え、取材2日目、張り切って行って来ます!

 7月14日 15:45
一昨日、東京から送った身の回りの生活物資も9時前には到着したので、まず、午前中と午後早い時間帯は、四条通りより南の山鉾を中心に回ってきました。(左の地図をクリックすると、別ウインドウに32基の山鉾解説のページが開きます。併せてご覧下さい。)

 

まずは、一番山鉾町から離れている保昌山を訪問。縁結びのご利益があることから、縁結びのお守りが大人気。山の周りを囲む枠(埒・らち)には、恋愛成就を祈る絵馬がもう掛けられていました。

白楽天山の前の和装用品屋さんが大盛況。山鉾町界隈のあらゆるお店は、祭にあわせて大セール中です。買い物をしながらの散策もまた楽しいかもしれません。
 

岩戸山では記録ビデオが売店で上映されていました。パッケージに堂々と「非売品」と書かれていたのですが、聞いてみると1500円で売ってるとか。一本買わせてもらったら、拝観券をいただいたので上がらせてもらいました。やっぱり鉾の上から町を見下ろすと、また違った風景が広がります。意外と風も抜けて心地よいのです。
船鉾付近では浴衣姿の小学生達に遭遇。体験学習で、浴衣を着て山鉾を見学中なのだとか。なんとも風情ある授業ですな。引率の先生の中には浴衣を着ていない人も居ました。

公式ホームページにリンクさせていただいている綾傘鉾も見学させてもらいました。大原神社の小さな境内が会所になっていて、非常に良い雰囲気。今や「棒振り囃子」で有名ですが、大火で消失する前は、他の鉾のように大きな山車の上に傘がかかっていたのだとか。当時の姿を再現したミニチュアが飾ってありました。当番で会所にいた人のお話では、現在使っている傘は9000万円もかかっているのだとか。なんとも、伝統を守るということには莫大な費用がかかるものです。


 
琴の名人が友人の死を悲しみのあまり琴を割ったという故事がテーマの伯牙山。会所飾りにちゃんと琴が飾られていました。町のシンボルも、琴の弦の下に挟んで音階を調節する「琴柱」をモチーフにしてあります。

芦刈山の会所の中には、巡行当日、山に載せる芦がありました。触ってみると、やはり造花でした。まあ、当たり前ですよね。
太子山は準備の真っ最中でした。また来ることにしましょう。

山鉾町界隈のお店や企業は、宵山・巡行期間をお休みにしてしまうところも少なくありません。社員さんや店主さんが祭り関係者だったりすることも、昔ほどでは無いでしょうがけっこうありえることなのでしょう。この町に生きる人・社会が祭を中心にしている証拠ではないでしょうか。


一旦、休憩を兼ねて部屋に戻ってきましたが、外は突然の雷雨に見舞われています。黒い雲が広がっていたので、もしかしたら・・・と思っていたら、大正解でした。まあ、この季節にはよくあることです。しばらく休んで夕方にでもなればまた晴れることでしょう。

  7月13日 20:40
こんばんは。「祇園祭・南観音山の一年」編集部の高寺と申します。
私事ですが、仕事の関係で2週間に渡り、全国中を巡っていたため、更新が滞ってしまい、楽しみにお待ち頂いていた皆様には申し訳ありませんでした。空白を埋めるべく、これからおよそ一週間に渡って、事務所のある東京・四ツ谷を離れ、祭の行われる京都から、今年の祇園祭の風景をレポートしていきます。どうぞ宜しくお願いします。

今年の宿泊は期間と立地を考え、烏丸御池付近のウィークリーマンションにしました。始めてウィークリーマンションというものを使いますが、ホテルとも違った雰囲気でなかなか快適。何よりもNTTのBフレッツ導入済みというのが最高。難なく更新作業もこなせます。
まずは身の回りの準備をするため、お店を探しに付近を散策。6車線と広く、交通量の多いこの御池通りが、17日の巡行には古めかしい山鉾で埋まる姿を想像するのはけっこう難しいことかもしれません。
こちらは宿泊場所最寄の役行者山の様子。曳き山ではない山の飾りつけはこれから本格的に行われます。まだまだ寂しい見た目ですが、すっかり町内の風景に馴染み、町を往く人々の雰囲気は盛り上がり始めているように見えました。

冷夏で涼しいくらいだった昨年とは対照的に、すでに梅雨明けが宣言された今年は、まさに猛暑で京都はうだるような暑さです。ですが、この暑さがなければ祇園祭らしくないとも言えるでしょう。明日以降、南観音山にもお伺いし、引き続き今年の様子をお伝えしていきます。